抗がん剤全般による悪心・嘔吐の対処法
(PDF版ではレイアウトが異なりますが、同じ内容です。)
- 副作用
- 悪心・嘔吐 CINV:Chemotherapy Induced Nausea and Vomiting
- 頻発抗がん剤
- 抗がん剤全般
好発時期・初期症状項目の開閉
好発時期

特徴
- 抗がん剤により分泌亢進したセロトニンが主に消化管に発現する5-HT3受容体を、サブスタンスPが第4脳室最後野に発現するNK1受容体を刺激することなどにより、嘔吐中枢が興奮して発現すると考えられる。
- 悪心・嘔吐は、発現時期・状態により5つに分類される。
【急性期悪心・嘔吐】抗がん剤投与開始から24時間以内に発現する悪心・嘔吐
【遅発期悪心・嘔吐】抗がん剤投与開始24時間~120時間(2~5日目)程度持続する悪心・嘔吐
【超遅発期悪心・嘔吐】抗がん剤投与開始120〜168時間(6〜7日目)程度まで持続する悪心・嘔吐
【突出性悪心・嘔吐】制吐薬の予防的投与にもかかわらず発現する悪心・嘔吐
【予期性悪心・嘔吐】抗がん剤のことを考えただけで誘発される悪心・嘔吐 - 催吐性リスクは抗がん剤の種類、投与量、組み合わせによって異なり、高度(催吐頻度>90%)、中等度(30~90%)、軽度(10~30%)、最小度(<10%)に分類される(詳細は制吐薬適正使用ガイドライン参照)。
- 参考:
- 日本癌治療学会, 編.: 制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版. 金原出版. 2023.
Iihara H, et al.: Gynecol Oncol. 2020; 156(3): 629-35.
- 日本癌治療学会, 編.: 制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版. 金原出版. 2023.より作図
対処・予防方法項目の開閉
- ※現時点での各薬剤の保険適応については
個別に確認が必要
予防
- 悪心・嘔吐は患者にとって最も苦痛な症状の1つであり、治療意欲・治療継続などに影響を及ぼすため、発現予防が重要となる。
- 催吐性リスクに応じて、下記の制吐療法が推奨されている。
【高度催吐性リスク】 5-HT3受容体拮抗薬**+NK1受容体拮抗薬+デキサメタゾン+オランザピン
※AC(ドキソルビシン+シクロホスファミド)療法においては、パロノセトロンを併用した上で、デキサメタゾンの投与期間を1日に短縮することも選択肢となる。(ステロイド・スペアリング)
なお、AC療法以外の高度催吐性レジメン(シスプラチン等)に関しては、ステロイド・スペアリングは推奨されていない。【中等度催吐性リスク】 5-HT3受容体拮抗薬**+デキサメタゾン
※パロノセトロンを併用した上で、デキサメタゾンの投与を1日のみに短縮することが推奨されている(ステロイド・スペアリング)
※カルボプラチン(AUC≧4)投与時や悪心制御が不十分な場合は、NK1受容体拮抗薬を併用する。
**5-HT3受容体拮抗薬の選択について、4剤併用療法時には第1世代と第2世代のどちらも選択可能だが、オランザピンを用いない3剤併用療法を行う場合やステロイド・スペアリングを行う場合は、第2世代のパロノセトロンが優先される。【軽度催吐性リスク】 5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、ドパミン受容体拮抗薬など
※高度・中等度催吐性リスクに比べて、軽度制吐性リスクに対する十分なエビデンスはない。一方で、実臨床では、5-HT3受容体拮抗薬単剤や5-HT3受容体拮抗薬+デキサメタゾンの2剤併用療法が選択されており、5-HT3受容体拮抗薬の種類による有意な差は認められなかったとの報告がある。- 参考:
- Hayashi T, et al.: Support Care Cancer. 2017; 25(9): 2707-14.
坂田 幸雄, ほか: 癌と化学療法. 2019; 46(10): 1553-9.
【最小度催吐性リスク】 予防的制吐療法は推奨されていない
- 悪心・嘔吐の既往やリスク因子(若年、女性、飲酒習慣なし、乗り物酔い、妊娠悪阻の既往など)を聴取し、必要に応じて上記の標準的制吐療法より強化した治療を検討する。
- 悪心・嘔吐の評価には、発症時期・持続期間・重症度が記録できる患者日誌の活用が有効である。嘔吐を認めず、悪心が軽度であれば、同じ制吐療法を継続する。
- 予期性悪心・嘔吐が発現した場合は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を投与する。(適応外)*
- オランザピンは糖尿病合併患者に対する投与は禁忌とされており、また、高齢者(75歳以上)における安全性が確認されていない。そのため、本剤の併用に際しては、合併症や有害事象(血糖上昇や傾眠)に注意する必要がある。
- 参考:
- 日本癌治療学会, 編.: 制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版. 金原出版. 2023.
岡元るみ子, 編.: がん化学療法副作用対策ハンドブック 第4版. 羊土社. 2025.
- *本記事内で記載されている適応外使用の情報に関しては、東和薬品として推奨しているものではございません。
治療
- 突出性悪心・嘔吐を認めた場合、
- そのサイクルでの救済治療としては、メトクロプラミドやオランザピンの使用を検討する。その他、実臨床での症状に応じた具体例については、「+ワンポイント」にて記載する。
- 次のサイクルでの治療としては、NK1受容体拮抗薬やオラザピンが未投与であればこれらの薬剤を併用するなど、作用機序の異なる制吐薬を併用して制吐療法を強化する。すでにこれらの薬剤が投与されている場合は、十分なエビデンスはないものの、別の5-HT3受容体拮抗薬への変更やメトクロプラミドなどドパミンD2受容体拮抗薬の併用を検討する。
なお、ドパミンD2受容体拮抗薬の作用機序はオランザピンと重複するため、錐体外路症状をはじめとした副作用に注意する。
- 悪心・嘔吐で食欲低下が認められる場合は、食べられそうな消化のよいものを、食べられる時に少量ずつ食べるように指導すると良い。
- 嘔吐した場合は、水でよいのでうがいをして口腔内を洗浄し、においがこもらないよう換気をすると良い。
- 抗がん剤以外の悪心・嘔吐の要因も考慮する。
1. 電解質異常
高カルシウム血症:倦怠感、口渇、意識障害などを伴う
低ナトリウム血症:倦怠感、意識障害などを伴う2. 中枢病変
がん性髄膜炎:頭痛、けいれん発作、複視、嚥下障害などを伴う
脳転移:頭痛、けいれん発作、麻痺などを伴う3. 腹部病変
消化管閉塞:腹部膨満感、腹痛、排便障害などを伴う
消化性潰瘍:腹痛、胃部不快感、食欲不振などを伴う
その他:腹水貯留、肝腫大、便秘など4. 薬剤、治療の副作用
抗うつ薬、抗痙攣薬、ジゴキシン:服用期間、血中濃度と相関して症状が増悪する
放射線療法:治療タイミングと相関して症状が発現する
オピオイド:投与開始直後に認められやすく、1週間程度で改善される
NSAIDs、鉄剤:消化管障害を起こす5. その他
肝不全:黄疸、腹水貯留、浮腫などを伴う
腎不全:浮腫、尿量低下、意識障害などを伴う
感染症:炎症所見を伴う
低血糖:頭痛、動悸、眠気、発汗、空腹感などを伴う
不安、精神的ストレスなど
- 参考:
- 日本癌治療学会, 編.: 制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版. 金原出版. 2023.
がん専門薬剤師から患者さんへの話し方(わたしの場合)項目の開閉
- 不安を煽らないよう、悪心の発現率ではなく、制吐薬による抑制率を伝えるようにする。
- 近年、嘔吐は抑制できるケースが多くなってきていることを伝える。
- 悪心嘔吐は治療中ずっと続くものではなく、かならず終わりが来ることを伝える。
症状
悪心は「吐きそうになる」以外にも、「胸がムカムカする」、「胃が重たい」など訴え方が患者さんによって様々です。嘔吐は実際に胃の内容物を吐き出す以外にも、吐物が出ない「空嘔吐」も含まれます。症状に応じた薬で緩和できますので、我慢せず医療者にご相談ください。また、治療薬や制吐薬の影響で便秘になることがあります。便秘が原因で悪心や嘔吐が生じることもあります。治療前に比べて排便回数が減り、お腹の張りや不快感が続く場合には、早めにご相談ください。
発現時期
- 注射剤の場合
点滴日当日に症状を訴えることは少なく、翌日以降に出現し、5日程度で改善することが多いです。まれに1週間程度持続することもあります。 - 経口剤の場合
服用開始より、日数を重ねることで症状が徐々に増強することがあります。服用期間終了後、症状は軽減することが多いです。
制吐薬投与のタイミングと調整方法
- 悪心を感じたり、嘔吐を認めたりした時には無理せず速やかに制吐薬を服用してください。
- 悪心嘔吐の前兆があれば予防的に制吐薬を服用することも可能です。
- 注射の抗がん剤治療で1週間を超えるような悪心嘔吐は稀ですので、続く場合は医療者に相談してください。
患者さんにお願いすること
- 治療の前日はよく眠って寝不足にならないようにしてください。
- 対症療法より予防が効果的であるため、我慢はせず、積極的に制吐薬を使用し、医療者にも伝えてください。
- 食事については、吐き気・嘔吐がある場合には、無理して食べず、食べられるものを食べられるだけ口にしてください。
- 食事が摂れないことがあっても過度に心配せず、脱水予防のためにできるだけ水分を摂ることを心がけるようにしてください。
- 便秘が悪心嘔吐を誘発することがあるため、便秘を伴う悪心嘔吐の場合は無理に食べず、下剤等で排泄を促してみてください。
- 自分は悪心嘔吐が起きないと信じて過ごしてください。
+ワンポイント項目の開閉
服薬指導時に留意すべきポイント
- 抗がん剤による悪心嘔吐のモニタリングには患者報告アウトカム[Patient-reported outcome(PRO)]が効果的であるため、患者日記をつけてもらうよう指導する。
- 抗がん剤による悪心嘔吐の患者関連因子を評価する。
※制吐療法の効果を低下させる患者関連因子として若年、女性、飲酒習慣なし、乗り物酔い、妊娠悪阻の経験が複数の臨床試験から同定されている1)。
2023 MASCC/ESMOガイドラインに基づいたツール(CINV Risk Assessment)が教育目的として提供されており、「投与薬剤」「性別」「年齢」「睡眠時間」等より、催吐リスクを算出することができる。
他には、閉経によるFSHとE2の変化が吐き気の重症度に影響を及ぼす可能性が示唆されている2)。 - ゾルベツキシマブ投与の患者さんについては投与中に悪心嘔吐が発現するケースがあるが、投与を中断することで悪心嘔吐を軽減させ、回復後、減速して投与を再開できる。そのため、我慢せず医療従事者に悪心嘔吐がある旨を伝えるよう説明する。
悪心・嘔吐評価のポイント
- 患者日誌を一緒に確認して、発症時期、程度、持続期間、処方された制吐薬が適正に使用されているかを評価する。
- 悪心嘔吐を惹起するイベントを患者と一緒に考える。
例)病院に来ると思うだけで悪心が起きる、抗がん剤の錠剤を見ただけで悪心が起きるなど予期性悪心の可能性を探り、抗不安薬の投与を検討する。(適応外)* - 体動時の悪心の増強や乗り物のような悪心の場合は抗ヒスタミン剤の投与を検討する。
- 胃酸の逆流を伴う場合は制酸剤の投与を検討する。
- 悪心および嘔吐が出現した際に使用した制吐薬の効果を評価する。
- ゾルベツキシマブ投与の患者さんについては点滴中の悪心をGrade評価することが困難であるため、フェイススケールなど代替指標による評価を試みる。
悪心・嘔吐対策のポイント
- 悪心嘔吐が軽減したという経験があれば、その効果を患者と一緒に評価し、セルフケアに繋げる。
- 治療関連因子(抗がん剤の催吐リスク)に加え、患者関連因子も考慮し、個々の患者に適した制吐療法を選択することが重要である。「この抗がん剤だからこの制吐療法」という固定観念にとらわれず、目の前の患者にとって最適な治療を検討すべきである。
- 抗がん剤による悪心嘔吐と決めつけず、他の原因(電解質異常、通過障害等)を探索し総合的に評価し、対策を検討する。
- Sekine I, et al.: Cancer Sci. 2013; 104(6): 711-7.
- Yokokawa T, et al.: Cancer Med. 2023; 12: 18745-54.
- *本記事内で記載されている適応外使用の情報に関しては、東和薬品として推奨しているものではございません。


