プレスリリース

2025年06月03日

家族性アルツハイマー病患者さんを対象とした企業治験を開始 ―iPS創薬によるドラッグリポジショニング―

1.概要

 東和薬品株式会社(代表取締役社長 吉田逸郎)と京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の井上治久 教授、三重大学大学院医学系研究科の冨本秀和 特定教授、CiRAの坂野晴彦 特命准教授らは、家族性アルツハイマー病の治療を目的に、iPS創薬1によって見出されたブロモクリプチンの2/3企業治験を計画してきました。この度、20255月から本薬の有効性および安全性を評価することを目的として、本企業治験を開始いたしました。

 

2.研究の背景

アルツハイマー病は、物忘れや日時・場所がわからなくなるなどの認知機能障害と、妄想・徘徊・不安・焦燥などの行動・心理症状を呈する進行性の疾患です。アルツハイマー病は認知症の原因の半数以上を占め、超高齢社会において解決すべき喫緊の課題となっています。現在、認知症治療薬としていくつかの薬剤が使用されています。しかし、アルツハイマー病は未だ完全な治癒が難しい疾患であり、さらなる治療薬の開発が求められています。

 2017年に、CiRAの近藤孝之 特定拠点講師、井上教授らは、アルツハイマー病患者さんのiPS細胞を大脳皮質神経細胞2へ分化させ、その細胞を用いて、既に他の疾患で治療薬として用いられている既存薬の中から病因分子となるアミロイドベータを減らす化合物の薬剤スクリーニング3を行いました。その結果、パーキンソン症候群(病)の治療薬であるブロモクリプチンに、最も強力に病因分子を低減させる作用があることを、特にプレセニリン1遺伝子変異を持つ家族性アルツハイマー病患者さん4の神経細胞で見出しましたCiRAプレスリリース 2017年11月22日

 研究チームは、2020年から2022年まで、1/2相の医師主導治験 「プレセニリン1遺伝子変異アルツハイマー病に対するTW-012R(ブロモクリプチン)の安全性と有効性を検討する二重盲検比較試験及び非盲検継続投与試験5(REBRAnD試験)を行い(CiRAプレスリリース 2020年6月4)、家族性アルツハイマー病患者さんにおけるブロモクリプチンの安全性および有効性を評価しました。結果、治験に参加された患者さんの人数に限りがあるものの、ブロモクリプチンに家族性アルツハイマー病特有の副作用は認めなかったこと、ブロモクリプチンの投与期間中に、2つの主要評価項目において、実薬群ではプラセボ群に比べて、認知機能及び行動・心理症状の病状進行が抑制される傾向を見出しました(CiRAプレスリリース 2022年6月30)。

 

3.企業治験の概要

 第1/2相医師主導治験に参加された患者さんの人数は限られており、さらに患者さんの人数を増やして、ブロモクリプチンの有効性および安全性を評価することを目的として、東和薬品株式会社を治験依頼者とする第2/3相の企業治験を実施することとなりました。

 本企業治験は20255月から開始し、三重大学医学部附属病院を含めた多施設での実施を予定しています。

詳細は、以下のとおりです。

治験名: プレセニリン1遺伝子変異アルツハイマー患者を対象としたTW-012Rの有効性及び安全性を評価する第Ⅱ/Ⅲ相試験
被験薬: TW-012R(一般名:ブロモクリプチンメシル酸塩)
対象疾患: プレセニリン1遺伝子変異を有するアルツハイマー病(PSEN1-AD)
目的: ブロモクリプチン経口投与による有効性および安全性の評価
デザイン: 二重盲検並行群間比較試験および非盲検継続投与試験
目標症例数: 24例(実薬群12例、プラセボ群12例)
実施施設: 三重大学医学部附属病院を含む全国多施設
治験期間: 2025年5月から2028年3月予定

 

<治験情報公開>

 jRCT (Japan Registry of Clinical Trials:臨床研究等提出・公開システム)

臨床研究実施計画番号:jRCT2041250040

 

4.現時点での留意点と今後の計画

 ブロモクリプチンはアルツハイマー病および家族性アルツハイマー病を適応症として日本および世界各国で承認されておらず、アルツハイマー病および家族性アルツハイマー病に対する有効性、安全性ならびに適切な用量は確立していません。そのため、ブロモクリプチンは現時点でアルツハイマー病および家族性アルツハイマー病の治療薬として使用できる状況にありません。
  今後、iPS創薬から展開した企業治験の結果に基づいて規制当局と協議しながら、本薬の新規医薬品としての薬事承認取得を目指します。

 

5.研究プロジェクトについて

研究開発体制

京都大学iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門 井上治久  教授
  坂野晴彦  特命准教授
  近藤孝之  特定拠点講師
  奥宮太郎  特定助教
三重大学大学院医学系研究科 冨本秀和  特定教授
タイムセラ株式会社  
東和薬品株式会社  

 

 

6.本研究プロジェクトへの支援

 医師主導治験は、京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構(iACT)、および京都大学発ベンチャーであるタイムセラ株式会社(代表取締役社長 渡邉敏文)より支援を受けて実施されました。また、東和薬品株式会社から治験薬の提供および安全性情報提供を受けて実施しました。
 医師主導治験に参加された患者さんおよびそのご家族の皆様、本治験関係者の方々のご協力に、感謝申し上げます。

 

7.用語説明

注1)iPS創薬
iPS細胞を用いた治療薬研究。患者さんから樹立されたiPS細胞は、患者さんの遺伝子情報を保持しながら病態を再現することができる。この細胞を用いて、候補治療薬の効果を調べることができ、患者さんごとに異なる病態にあった薬を抽出可能である利点がある。中でも、既存の薬剤を転用して新たな疾患の治療薬として開発する方法をドラッグリポジショニングと言うが、病気の患者さんから作製されたiPS細胞を用いるiPS創薬はドラッグリポジショニングを行う上での、強力な手段となり得る。

注2)大脳皮質神経細胞
大脳の表面に広がる、灰白質という神経細胞の層を構成する。知覚、随意運動、思考、推理、記憶など、脳の高次機能を司る神経細胞のこと。

注3)スクリーニング
多数の化合物の中から有効な化合物を見つけること。

注4)プレセニリン1遺伝子変異を持つ家族性アルツハイマー病
アルツハイマー病には、常染色体優性遺伝の若年発症の家族性と95%以上を占める孤発性とがある。プレセニリン1変異は、家族性アルツハイマー病の半数以上を占め、プレセニリン2変異およびアミロイドβ蛋白前駆体(APP)変異とともに、家族性アルツハイマー病の原因となる。本邦における、プレセニリン1遺伝子変異を持つ家族性アルツハイマー病の患者さんは、100名前後が確定診断されていると推定される。認知症を主症状として、平均発症年齢は40歳代、比較的病気の進行が速い傾向がある。

注5)二重盲検試験・非盲検試験
治験を行う際に、患者さんが治験薬を投与されているか偽薬(プラセボ)を投与されているかなどを、患者さん自身および治験担当医師や治験コーディネーターなどの治験にかかわる病院の医療関係者が分かっていない方法を二重盲検試験といい、分かっている方法を非盲検試験という。

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